人生とは孤独であることだ
Hope is a waking dream.(希望とは、目覚めていて抱く夢をいう)
大人になったタケルくんと太一さんがすごく大好きなのですが、なんで大好きかっていうと、あの人たちだけなんか現実と戦ってる感があるからです。
他のみんなだってもちろん現実と戦いつつ生きているわけなんですけど、なんというか、夢や理想の先にある現実なんですよ。ヤマト・大輔くんが夢、光子郎くん・空さんは理想。夢と理想を兼ね備えているのが賢ちゃんと伊織くん。ミミちゃんと京さんは、好きが形になってて、夢と理想と好きをコンプリートしたのが丈さん。
タケルと太一さんの将来は、なんというか、それじゃなくてもよかったんだけど、自分の中にそうせざるを得ない何かがあったためにそうなった、みたいな感じがよくて。絶対しんどいのはわかってたけど、他の人に任せるのも癪だし、結局どこで何をしていてもそこにたどり着いてしまうという、選んでるんだか選ばされてんだかよくわからないモヤモヤをね、ちょっとだけ抱えていてほしいんです。ちょっとだけね。
他のみんなだってもちろん現実と戦いつつ生きているわけなんですけど、なんというか、夢や理想の先にある現実なんですよ。ヤマト・大輔くんが夢、光子郎くん・空さんは理想。夢と理想を兼ね備えているのが賢ちゃんと伊織くん。ミミちゃんと京さんは、好きが形になってて、夢と理想と好きをコンプリートしたのが丈さん。
タケルと太一さんの将来は、なんというか、それじゃなくてもよかったんだけど、自分の中にそうせざるを得ない何かがあったためにそうなった、みたいな感じがよくて。絶対しんどいのはわかってたけど、他の人に任せるのも癪だし、結局どこで何をしていてもそこにたどり着いてしまうという、選んでるんだか選ばされてんだかよくわからないモヤモヤをね、ちょっとだけ抱えていてほしいんです。ちょっとだけね。
でもね、「これは自分が選んだ道だから」ってはっきりと言えない気がするんですよね、彼ら。というか、言ったとしても、心の底から思っているのか自分でもちょっと自信がない所があってほしい。そして、その答えを見つけるために頑張っている部分がある、みたいな。どこかの未来で感じるであろう「これまでの苦労は、きっとこの為だったんだな」って納得の為に今を生きていてほしい2人なんですよ。
私の超個人的な一存で妙な業を背負わせてしまって本当に申し訳ない……。でも彼らは、選ばれし子供たちの中でも抜群に強く逞しく成長する人たちだと勝手に思ってるから。人間としての伸びしろがすごいんですよ。だからどうしても余計なものまで負わせてしまう。
彼らにはついつい哲学を求めちゃうんですよね。だって彼らは応えてくれるから。人生をかけて。
だがしかし求めるということは、求められるということでもあるのです。それが例え、ほぼ己の妄想で生み出した二次元キャラに対してだとしても。求めた以上、誠意を返さねばならんのです。彼らが人生をかけてくれるのなら、こちらも同じように人生をかけねばならぬのだ。デジモンは長いこと拗らせてるだけあって、自身の思考もかなり面倒くさくなっているよ!
彼らにはついつい哲学を求めちゃうんですよね。だって彼らは応えてくれるから。人生をかけて。
だがしかし求めるということは、求められるということでもあるのです。それが例え、ほぼ己の妄想で生み出した二次元キャラに対してだとしても。求めた以上、誠意を返さねばならんのです。彼らが人生をかけてくれるのなら、こちらも同じように人生をかけねばならぬのだ。デジモンは長いこと拗らせてるだけあって、自身の思考もかなり面倒くさくなっているよ!
タケルくんと太一さんに「きみも大概だね」「お前も馬鹿だな」って笑われるぐらいが理想です。
勿論私の脳内にしか存在しない2人だから、言ってしまえばもう一人の僕というか、イマジナリーフレンドといっても若干差し支えないんですけど、それはちょっとややこしい話になるから置いといて。
勿論私の脳内にしか存在しない2人だから、言ってしまえばもう一人の僕というか、イマジナリーフレンドといっても若干差し支えないんですけど、それはちょっとややこしい話になるから置いといて。
……しかしさぁ子供向けアニメに対してのこんな拗らせようをリアルで人に言おうもんなら、確実に引かれるよね。私だって人から二次元キャラの将来をかけた哲学が云々言われたら「え、まじ何言ってんの?」ってぐらい言うもん。完全にやべーやつだよ。自覚はあるよ。だから一人遊びしかしてないんだよ!自制心ぐらいはかろうじてあるよ!
人と交流してると、わかってほしくなっちゃうんだよなぁ。でも人って結局分かり合えないじゃないですか。
例え同じシチュエーションで萌えたとしても、その萌えに至るまでのプロセスは絶対違うはず。だって違う人生を生きてきたんだから。そしてこれからも異なる人間として生きていくんだから。そしてそのことに、良いも悪いもないじゃない。仮に今が悪い方だとしてもですよ、これからもずっと悪いかって言われたらそうじゃないわけだし。人間は変わろうと努力する限り、変わり続ける生き物だから。
例え同じシチュエーションで萌えたとしても、その萌えに至るまでのプロセスは絶対違うはず。だって違う人生を生きてきたんだから。そしてこれからも異なる人間として生きていくんだから。そしてそのことに、良いも悪いもないじゃない。仮に今が悪い方だとしてもですよ、これからもずっと悪いかって言われたらそうじゃないわけだし。人間は変わろうと努力する限り、変わり続ける生き物だから。
だからねアニメは変わるけど、最近、ヒロアカで個性を使って悪い事するやつが一様に敵(ヴィラン)って呼ばれることについてずっと考えてるんです。一度ヴィラン認識された人が、あの世界でどう変わっていくのかをね、色々とこねくり回して。
あの世界観にどこまで現実を求めるかって問題もあるんですが、元ヴィランの自称ヒーロー(一度捕まったらヒーローになれる権利を剥奪されるから自称でしか名乗れない)とかそのうち出てこないかなーって。活動内容は正規ヒーローと遜色ないし、なんならそこいらの売名目的のヒーローより明らかに高い意識をもっていて成果も出しているけれど、権利を持てないがためにそれは認められない行為となってしまうのです。
で、それに相対したデクくんが「そうか…だから彼はヴィランになって、今はヒーローになろうと……でも、だけど、僕はそれでも」って拳を握って象徴としてのヒーローになることへの決意を新たにして、爆豪くんには俯く元ヴィランの静かな涙をただただ無言で見ていてほしい。
そしてデクくんには振り返らない正義を(弱きを助け悪を挫く永遠のNo1ヒーロー)、爆豪くんには振り返る正義を(プロヒーロー兼教師、もしくは敵収容所に定期的に訪問する等)生涯貫いてほしいのです。
爆豪くんは人生において、何度でも生まれ変われるを実践しているからさ、そこをどうにかこうにか生かしてほしい感があるんですよね。1話のデクくんへの態度も、未来に誰かへの態度に変えて挽回してくれ。デクくん自体へはいいよ、デクくんはもうヒーロー名の時に克服してるから。それにあの人たち、互いに拗らせた感情をエネルギーにして成長力に変えてるみたいなところあるし。だからそのうちの一個も相手に返さないまま、ただお互いだけに通じる生き方で魅せつけてくれ。お前との確執を、自分はこんな風に昇華してやったぞって。
きみたちには切磋琢磨がお似合いだ!てか、それしか似合わない!
きみたちには切磋琢磨がお似合いだ!てか、それしか似合わない!
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