怒り
一部分だけが抽出されたネットニュースとかの文章を丸ごと信じて怒るのって、なんかちょっと怖いことですね。口で喋ったことをそのまま文章にするとね、どっか冷たく感じるんですよね。言葉を耳で聞くと台詞の間合いとか、込められた感情とか、言うタイミングとかでその人がどんな風にその物事を捉えて喋っているのかがなんとなくわかるじゃないですか。でもね、文章にされるとまた違うんですよ。それでもって、結構いい様に変えられちゃうんですよね。文章だとね。編集する人のアレでね。
だからこう、直通ならともなく、いろんな媒体から橋渡しで発信されたものを丸ごと信じるのは、やめた方がいいんじゃないかなーってちょっと思いました。最近のあれこれを見てて。
まぁ怒ってる人は、ただ怒りたいだけなんだろうけど。何かがあったから怒るんじゃなくて、怒る為に問題を探してる感ある。私もよくやる。わざわざ自分でそういうの調べて勝手に怒ってる時あるもん。自分とは関係ないのに。だからそういう気分の時は、ブログとか書かないようにしてます。なるべく。書いたとしても下書きで留めて数日置いといて、後日読み返して、やべぇ奴だなって思って削除します。なるべく。そういうときの文章って大体しょうもないしね。
ちょっと面白いのがさ、怒ってる時ってえらく問題を大きくするんだよね。怒ってる本当の理由は自分が気に食わないってだけなんだけど、差別意識とか国の未来とか、えらい大層な問題にしようとしちゃうよね。もっともらしく怒る為にね。私もSNSとか二次創作について怒ってる時あるけど、そういう時ってつい未来を出しちゃうよね。このままだと将来的に嫌な未来が待っている、みたいな。ただ私が気に食わなかっただけなんです、話を大きくしようとしてごめんなさい。
でも実際さ、怒りを原動力にして物事がいい方向に進むことってあんまりないよね。
こういう事を言うことによってみんながその物事について考えてくれればと思って言ったんです!みたいなこともたまに聞くけど、絶対そうじゃないよね。ただ自分が気に食わなかったから言ってるだけだよ。だって本当にその物事について考えて欲しいなら、解決案もセットで出すもん。それも実現可能そうな解決案ね。それもセットでようやく「意見」と言えるんじゃないかな。具体案ないなら単なる感情だもの。難しいことだけど。
怒りは奇妙な用法を有する武器である。他のすべての武器は、人間がこれを用いるものだが、この武器はわれわれを用いる。/モンテーニュ
もうずいぶん永い事用いられちゃってるぜ、人類。
もうずいぶん永い事用いられちゃってるぜ、人類。
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