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旅は道連れ、世は情け。 アニメや漫画の話題やら諸々。デジモンが好きです。検索は避けてるよ。

己の声が聴こえるか

改めて自分のブログ見直してみたら、あまりにも二次創作についてうだうだ言いすぎてたのでいい加減自重します!二次創作に人生を救われた身として、天国であれ地獄であれ、文化の行く末を静かに見届けよう……。二次創作文化に幸あれ……!

駄目だなぁ……ちょっと気が緩むと「あ?てめぇ何様だよ」って事をぐだぐだ書き連ねてしまう。これからも言いたいことは言っていくつもりですけど、感情論挟んだらアウトですね。文章がわかりにくくなるし、なかなか怒気が強くなっちゃう。気を付けよう。

よし!一人反省会終わり!

あ、あともう一個反省があった!前回の記事でデジモン二次創作歴8年って言ってましたが、ちゃんと数えたら9年でした。そんでデジモン以前からの二次創作歴を含めると13年ぐらいみたいです。13年間、怒涛のぼっち。文字に起こすと一種の狂気すら感じる年数ですね……!

まぁそうは言っても一人ぐらいは交流があるのでは?と疑問をお持ちの方もおられるでしょう。おられなくても続けますよ。本当にないです。


ネット上での交流なし!イベント参加なし!薄い本だって一度も買ったことがない!!


それで13年間ですよ。確実に気が狂ってるよね。
とはいえ拍手で暖かいメッセージを頂けることもあります、一年に一回ぐらい。多くて。感想を求める心が話題になる昨今ですが、あんまりなくてもね、一応続けることはできるよ。でもそれは二次創作に何を求めるかでも違ってくるとは思いますが。

反応・共感・感想・肯定を求めてるなら、やっぱり人気のある所で、多くの人に好まれる作品をばんばん作っていった方が効果的でしょうしね。それは本当に個人個人で分かれるところだと思います。単純に好みの問題。

経験上、二次創作に人生哲学を求める場合は、ぼっちでも続けることは可能のようです。
そんで哲学を求めてる場合、キャラ解釈・作品解釈が最優先にならないんですよ。最初にはね、「問題提起」がきます。ちょっと妙な言い回しにはなりますが、その提起した問題を解決するために、作品の世界観・キャラの性格を使用するって感じです。うん、非常にわかりにくいですね。

なんていうのか、個人に潜む感情・問題を解決するために、作品やらキャラクターやらのフィルターを通すというか。数学で言うと、作品のテーマになる部分が「解くべき問題(三角形の面積を求めよ)」で、作品とキャラが「問題を解くのに使用する公式(底辺×高さ÷2)」って感じです。うん、やはりわかりにくいですね。

まぁこんな考え方してる人の方が確実に希少でしょうから、なんにせよ「マジこいつやべぇな」って感じでライトに捉えて頂ければ。

本来は個人の問題を解決するために、作品やらキャラを通す必要はないんですよね。キャラ萌え追及の方がよっぽど健全な二次創作の楽しみ方だとは思います。でも楽しみ方は個人の自由だから!てめぇの私情が入った二次創作なんて見たくねぇわって方もいらっしゃるかもしれませんが、私情の入ってない二次創作なんてこの世に存在しないのでその辺はどうにか許して頂きたい!

私もね、座禅やらで自己との対話が可能ならそっちの方がいいとは思っているんです。自分の問題提起の為になんて、実際キャラにも作品にも申し訳ない気持ちが芽生えますし。でもこれが難しいの!自分をどこまで客観的に見ているのか自分では判断ができないんですよ!なんせ主観が自分だから!

なのでこう、二次元キャラという他者の目を通して自身の問題を客観的に見させて頂いている訳で、だからこそせめて感謝と敬意だけは忘れないでいようって、私の二次創作スタンスはそういう感じです。

こんな小難しいこと考えるようになったのは流石に最近ですけど。最初はもっとぱっぱらぱーだった。ひゅー!ふたりラブラブじゃん!いえーい大好き可愛いね!みたいなノリだった。それはそれですげぇ楽しかったけど。

ここまで読んでくださった方がどれだけいらっしゃるかわかりませんが、何が言いたいかというと、私という人間は大変面倒くさい部類に入るという事です。ぼっちな理由がお分かり頂けたことでしょう。自分でも正直自分の事クソ面倒くせぇって思います。でも仕方ないんだ、今生はそういう人間として生まれてきたんだもの。

面倒臭さも貫き通せばアイデンティティ!怯えるべきは他者の声ではなく、自分の影だ!
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