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旅は道連れ、世は情け。 アニメや漫画の話題やら諸々。デジモンが好きです。検索は避けてるよ。

こんな世の中だからこそ

心理学者のアルフレッド・アドラー

「他人から承認される」というのは「他人の欲望にとって都合のいい存在であると認められる」ということ。

一般論として「自己肯定感の低い人」には子供の頃「条件付きでしか褒められなかった」という人がとても多い。「条件付きで褒める」とは親や教師など周りの大人にとって都合のいい行為をした場合に褒められるということで、それは「他人の欲望」に従属しているに過ぎず、自己の存在そのものを肯定し、価値を見出しているということにはならないのです。

重要なのは「良し悪し」のような価値の基準を「他人」ではなく「自分」の中に持つということであり、それが「自己を肯定する」という意識の本質なのです。


だから僕らは体育祭で優勝した時の爆豪勝己を目指さねばならぬのだ……。

爆豪くんの価値判断に、デクくんの存在自体は関係するけど、デクくんの承認は多分必要としない。でもデクくんの価値判断には、かっちゃんの承認が必要な部分がある気がする。オールマイトよりも、もしかしたら彼は爆豪勝己の「すげぇな、デク」って言葉を求めているのかもしれない。拗らせ度を考えたときに、かっちゃんは表現が派手だから大げさに見えるだけで、実際はデク君の方が根が深い気がするなー。なんつーか、すごく重そう。


閑話休題。


さて、突然ちょっと気持ち悪い話をしますけど、個人的に二次創作っていうものは、自己表現の一種だと思ってて。

恋でも愛でも悲哀でもなんでもいいですけど、作品を見て湧きあがってくる感情があって、それは自分自身の何かしらの経験や考えた事に沿ってせり上がってくるもので、それをさ、本当にぶつけたい場所にぶつけられないフラストレーションからきてんじゃないかなって。はっきり言っちゃえば、代替作業というか。勿論それがすべてとは言わないけど、どんな作品にも多かれ少なかれ個人の主張したいという想いが存在すると思うんですよ。それがなきゃ二次創作する意味ないし。

だからね、なんというか、そういう個人の想いみたいなものが1ミクロンでも含有されているはずの二次創作に対して、あんまりマイナスの感情を向けるのはどうなのかなって話です。そういうのに巻き込まれるのが怖いから私は人里離れて霞食べて生きていくことにしてるんですけど、意図せず結構そういうの見かけるからさ。仕事ならともかく、趣味ぐらいは無血でいようぜ……!

だけど、もしかしたら趣味も戦争な世界になってきているのかもしれない。
昔は個人サイトにお邪魔して、なんなら秘密のパスワードまで管理人さんに手渡しで貰って作品を拝見させて頂く個展形式だったのが、今はランキングという競争社会が主流になっているものね。他人の主義主張を蹴落とし蹴散らし、己の野心がままに昇りつめていくのが現代のスタイル?やだ、世知辛い!

それでも正面からメンチ切ってくるなら正々堂々としてて好きだけど、今はちょっと違う感じするよね。本当の悪人は善人の顔をして近づいてくるのだ。二次創作に正義もくそもないのにね。なんなら二次創作に携わっている全員もれなく著作権に引っかかってるからね。win-winの関係だから見て見ぬふりされてるだけで、グレーゾーンから振りかざせる正義なんてひとつもないのよ……。犯罪者同士仲良くしようよ……。

……いや違うか、プリズンブレイクでも受刑者同士で超確執あったね。
仲良くなんてしてなかったわ。そうか、無法地帯だからこその結果か、なるほどね。おっけ!俺ティーバック役!ティーバック知らない人は今すぐプリズンブレイク見ようぜ!近年稀に見るクズだから好きな人は好きだし、嫌いな人は生理的に無理なキャラだよ!!

今はもういっそ、二次創作ってのは総合格闘技だと思っといた方がいいのかも。
殴っても蹴っても絞めてもいいけど、最低限のルールは順守する感じで。総合格闘技でも、急所のうち特に人体に危険を及ぼしうる部位への攻撃については、安全性への観点からほぼ全ての大会で禁止されているらしいよ。wikのコピペだよ。そして団体によってルールは違うからさ、pixivやtwitterや個人サイトやら、自分に一番適したリングで戦おう。

リングの上にいながら「ひどい!殴られた!」って訴えるのはもはや時代が許さないんだ。pixivにいたらランカーとの戦い、twitterならストリートファイト、個人サイトなら己との戦い……。どこにいても平和な場所などない!そうだ、戦え!戦わなければ生き残れないのだ……!


……なんの話だこれ。


和平を求めていたはずなのに、最終的には戦争を煽っているね……。

とりあえず、ある程度の自衛と心構えが必要だよねって話でまとめたいと思います。二次創作はリングで、作品をアップした瞬間に試合開始のゴングもなっているんだと思って、ガードはがっちりとね。ノーガードだらり戦法はある限られた戦士しかやっちゃいけないやつだから。

ただ、二次創作は戦いかもしれないけれど、個人的には、ガンジーのような勝利を推奨しております。


暴力によって得た勝利というものは敗北に等しい。それはつかの間のものだからである。


つまりはそういうことだよ!たぶん!
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なぐりがき

ちょっとメモ。


ナインストーリーズ『テディ』より

「つまり、あるがままの僕たちを愛することはできないらしいんだ。ぼくたちをちょっとばかし変えないことには愛せないらしい。彼らは僕たちを愛すると同時に、ぼくたちを愛する理由を愛しているんだ。いや、理由を愛してる時が大部分だな。そういうのは感心しないよ」


ピート・ハミル

「自分の孤独の時間を自分できっちりできないような人には、他人を愛する資格はないと思う。一人で生きていくことができて初めて、人を抑圧することなく愛せるんだと考えている」


うーん、自分の中の2017年のテーマは「愛と死」なのかもしれない……いやー、妙に重いな……。

ちいさな世界

どっかの部屋に爆豪くんと麗日さんと耳郎さんと切島くんがいて、私は切島くん視点でそれを見てたんです。

かっちゃんが、なんかペンギン?の目と口のパーツをつけて(紙製)、それを耳郎に無言で見せてたんだけど、耳郎よりそれを横目で見たお茶子ちゃんが超爆笑してた。「なんなんそれ!めっちゃウケる!」つって笑い転げてて可愛かったし、爆豪くん、はしゃぎすぎだなって思った。毎度おなじみ夢の話です。流石にこれを小説にする気にはならなかったよ!

あとタケヒカの夢も見たのですが、なんかね、恋人つなぎですげー寄り添って歩いてて、傍から見たらただのイチャコラカップルだったんだけど、感覚として「あーこの感じ!すげー恋人っぽいことしてるのに、全然恋をする感じじゃないこの感じ!すげータケヒカ!」ってよくわからない感動をしてる夢でした。ほんとに、思考って顕著に夢に出るんだなって。

それと、私の中の勝茶はひと段落したので、彼らが可愛いことしてる夢でも見ない限り更新はないものと思ってください。

もし次にヒロアカで書くとしたら耳郎ちゃんと爆豪くんの話を書くと思う。恋などまったくしない2人が、プライベートでちょっとだけ仲良くなる話。耳郎は一般常識の観点から爆豪のこと少し苦手に思ってて、爆豪は耳郎の事いい意味で気にならない相手だと思ってると私が楽しい。だってクラスの席も隣だし、結構みんな自由に座ってたバスの中でも隣だったし、試合観戦の時も隣だよ。お互いに、隣にわざわざ座ってるんだよ。仲いいじゃん。そして爆豪の素行に対していちいち反応してる耳郎ちゃんが超かわいいからみんな見て。


って、日記で下書き状態で保存してぽけーっとしてたら、いつの間にかHUNTER×HUNTERの再開がすぐそこに迫っていた!

わー!でも前回再開直後に地震食らった身としては、手放しで喜べない変なトラウマもある!けれど嬉しい!普通にうれしい!でも今ジャンプ読むのやめてるからどうしよう!?もっかい読み始める……?新連載とかを途中から読み始める……??

もうっ!読むよ!!だってリアルタイムで読んでないといつ単行本として発売されるかわかんないから!

HUNTER×HUNTERは、まず世界観があって、先生がそれを順守してる感じが好きなんですよね。
前にヒソカの過去を誰かが書いてたじゃないですか。それに対してインタビューかなんかで先生に発言が求められたとき「HUNTER×HUNTERはある程度、どんな世界観にもできるようにはなっているから、自由に設定を作ってもらって全然かまわない」っておっしゃってて、この答え方超好きなんですよね。肯定も否定もせず、そして自身の生み出した漫画に対して第三者でいるその姿勢。漫画への自己を溶かし方がねー、もう1人遊び最上級者というか。

ダンジョン飯もこないだ読んだのですが、あっちも1人遊びの世界観って感じで好きでした。世界観が構築されてると、キャラにもゆとりができるから個性が活きるのかなー。

人生とは孤独であることだ

Hope is a waking dream.(希望とは、目覚めていて抱く夢をいう)

大人になったタケルくんと太一さんがすごく大好きなのですが、なんで大好きかっていうと、あの人たちだけなんか現実と戦ってる感があるからです。

他のみんなだってもちろん現実と戦いつつ生きているわけなんですけど、なんというか、夢や理想の先にある現実なんですよ。ヤマト・大輔くんが夢、光子郎くん・空さんは理想。夢と理想を兼ね備えているのが賢ちゃんと伊織くん。ミミちゃんと京さんは、好きが形になってて、夢と理想と好きをコンプリートしたのが丈さん。

タケルと太一さんの将来は、なんというか、それじゃなくてもよかったんだけど、自分の中にそうせざるを得ない何かがあったためにそうなった、みたいな感じがよくて。絶対しんどいのはわかってたけど、他の人に任せるのも癪だし、結局どこで何をしていてもそこにたどり着いてしまうという、選んでるんだか選ばされてんだかよくわからないモヤモヤをね、ちょっとだけ抱えていてほしいんです。ちょっとだけね。

でもね、「これは自分が選んだ道だから」ってはっきりと言えない気がするんですよね、彼ら。というか、言ったとしても、心の底から思っているのか自分でもちょっと自信がない所があってほしい。そして、その答えを見つけるために頑張っている部分がある、みたいな。どこかの未来で感じるであろう「これまでの苦労は、きっとこの為だったんだな」って納得の為に今を生きていてほしい2人なんですよ。

私の超個人的な一存で妙な業を背負わせてしまって本当に申し訳ない……。でも彼らは、選ばれし子供たちの中でも抜群に強く逞しく成長する人たちだと勝手に思ってるから。人間としての伸びしろがすごいんですよ。だからどうしても余計なものまで負わせてしまう。

彼らにはついつい哲学を求めちゃうんですよね。だって彼らは応えてくれるから。人生をかけて。

だがしかし求めるということは、求められるということでもあるのです。それが例え、ほぼ己の妄想で生み出した二次元キャラに対してだとしても。求めた以上、誠意を返さねばならんのです。彼らが人生をかけてくれるのなら、こちらも同じように人生をかけねばならぬのだ。デジモンは長いこと拗らせてるだけあって、自身の思考もかなり面倒くさくなっているよ!

タケルくんと太一さんに「きみも大概だね」「お前も馬鹿だな」って笑われるぐらいが理想です。
勿論私の脳内にしか存在しない2人だから、言ってしまえばもう一人の僕というか、イマジナリーフレンドといっても若干差し支えないんですけど、それはちょっとややこしい話になるから置いといて。

……しかしさぁ子供向けアニメに対してのこんな拗らせようをリアルで人に言おうもんなら、確実に引かれるよね。私だって人から二次元キャラの将来をかけた哲学が云々言われたら「え、まじ何言ってんの?」ってぐらい言うもん。完全にやべーやつだよ。自覚はあるよ。だから一人遊びしかしてないんだよ!自制心ぐらいはかろうじてあるよ!

人と交流してると、わかってほしくなっちゃうんだよなぁ。でも人って結局分かり合えないじゃないですか。
例え同じシチュエーションで萌えたとしても、その萌えに至るまでのプロセスは絶対違うはず。だって違う人生を生きてきたんだから。そしてこれからも異なる人間として生きていくんだから。そしてそのことに、良いも悪いもないじゃない。仮に今が悪い方だとしてもですよ、これからもずっと悪いかって言われたらそうじゃないわけだし。人間は変わろうと努力する限り、変わり続ける生き物だから。


だからねアニメは変わるけど、最近、ヒロアカで個性を使って悪い事するやつが一様に敵(ヴィラン)って呼ばれることについてずっと考えてるんです。一度ヴィラン認識された人が、あの世界でどう変わっていくのかをね、色々とこねくり回して。

あの世界観にどこまで現実を求めるかって問題もあるんですが、元ヴィランの自称ヒーロー(一度捕まったらヒーローになれる権利を剥奪されるから自称でしか名乗れない)とかそのうち出てこないかなーって。活動内容は正規ヒーローと遜色ないし、なんならそこいらの売名目的のヒーローより明らかに高い意識をもっていて成果も出しているけれど、権利を持てないがためにそれは認められない行為となってしまうのです。
で、それに相対したデクくんが「そうか…だから彼はヴィランになって、今はヒーローになろうと……でも、だけど、僕はそれでも」って拳を握って象徴としてのヒーローになることへの決意を新たにして、爆豪くんには俯く元ヴィランの静かな涙をただただ無言で見ていてほしい。

そしてデクくんには振り返らない正義を(弱きを助け悪を挫く永遠のNo1ヒーロー)、爆豪くんには振り返る正義を(プロヒーロー兼教師、もしくは敵収容所に定期的に訪問する等)生涯貫いてほしいのです。

爆豪くんは人生において、何度でも生まれ変われるを実践しているからさ、そこをどうにかこうにか生かしてほしい感があるんですよね。1話のデクくんへの態度も、未来に誰かへの態度に変えて挽回してくれ。デクくん自体へはいいよ、デクくんはもうヒーロー名の時に克服してるから。それにあの人たち、互いに拗らせた感情をエネルギーにして成長力に変えてるみたいなところあるし。だからそのうちの一個も相手に返さないまま、ただお互いだけに通じる生き方で魅せつけてくれ。お前との確執を、自分はこんな風に昇華してやったぞって。

きみたちには切磋琢磨がお似合いだ!てか、それしか似合わない!

きみはバナナフィッシュをみたか

白髪をね、見つけたんですよ。
見つけたら、まぁ抜くじゃないですか。私も例にもれず爪でひっつかんで、引っ張って抜いたんですよ。そうしたら頭皮に小さな痛みが走り、私はその痛みで初めて目を覚まし、指の間にある抜いたばかりの黒い毛を見つめながら、白髪を見つけたのが夢であったことを悟ったのです。

これまでも自分の笑い声で目を覚ましたことは多々あったのですが、こんな実害を伴うアクションと夢が連動するなんて私初めて……。さよなら、私の健康な髪の毛……。


そんなすっとぼけた私の話は早々に置いといて、BANANA FISHをうっかり読み始めてしまったんですよ。そしたら面白くて面白くて、その日のうちに最終巻まで一気に!読了!

本当に面白い……。頭の良いキャラが頭の良いままに描かれていると本気ですげぇって思います。だけどある程度の教養がないと面白さが半減されるので、読者がとても試されている。私はいまだにスパゲッティと銃口の時代の意味がわかってないです。あれは、なに?検索したらSe7enって映画が出てきたから、観てみたんだけどよくわかんなかった。GLUTTONY(暴食)の時代は終わったってこと?「スパゲッティ 銃口」で検索したらアメリカのギャングの人の名前が一番上にくるんですけど、その人の時代が終わったってこと?それとも単にイタリアンマフィア?もしくはマカロニウェスタン??

ボス同士の会話だから意味がないわけないのですが、特にそれについて説明とか一切ないから本当によくわかんない。「なるほど、お話はよくわかりました」じゃないわよ!教養のない私にはちっともわからないわよ!

でもなんとなくマカロニウェスタン(スパゲッティ・ウェスタン)がそれっぽいかなー?ただ機関銃でドンパチやるだけのチープでわかりやすい戦いの時代は終わった、みたいな。

なんにせよ、会話がいちいち難しいし、それぞれの登場人物の抱える問題もかなり面倒なところに着目されていて、本当に読み応え抜群です。でもこれ、色々とわかんない方がしあわせなんじゃないかとも思う。全体的に超シビア!そんで孤独をね……物凄く丁寧に描いてくださっているんですよ。とてもいい……。みんなから強い人だと思われている人が、ごく稀に見せる一瞬の隙ってなんであんなに魅力的なのか。

いやーでも面白い作品って、「面白い!」としか言いようがないですよね。素晴らしい作品には如何なる言葉も無粋!人に勧めることすら億劫だよ。私の中でだけ永遠に輝いてくれていればもうそれだけでいいよ。見知らぬ誰かとの解釈違いに腹を立てる暇があったら、一人静かに面白さを噛みしめていたい。だから私はいつだってネット界の引きこもり……。I LOVE HITORIASOBI……。

愛憎、孤独、悲しみ、喜び、死と幸福、それから再生まで。
優れた作品ってのは、作中でうまいこと光と闇が共存してる気がします。


あと全然関係ないですが、名前がどうしても気に入らなかったので戻します。でも漢字は飽きたので、スタイリッシュに(?)ローマ字表記で「eto」にします!超どうでもいいだろうけど、pixivもそれに合わせるのでよろしくね!